第6夜 『脱・優等生』

昨夜寝る前に考えていたこと

義務教育で叩き込まれた平均主義思想、その呪縛からの脱却

ニュース記事で良く見るのが「日本の〇〇の順位は、OECD諸国の中で最低です」と言う構文。それに対してコメンテータが「問題ですねぇ」と言うのまでセットである。私たちは最下位という言葉への弾力性が高いので、問題を過大評価する。

これはニュースだけでなく、我々の生活にもあてはまる。私たちは何かの指標が著しく低い場合、それに大きく気を取られる。これは高校までの教育に基礎があると考えられる。我々は成績表に「5」が無いことより「1」があることに目がいく。レーダーチャートを見ても綺麗な六角形であることを重視する。

これはある程度必要なマインドだが、これが天才の誕生を阻んでいる面は多大にある。ブレイクスルーを生み出せる人間に必要なのは、1の少なさより5の多さである。

また、そこまで既存のKPIを意識する必要も無い。「金が多い方が幸せ」「偏差値の高い大学に行った方が幸せ」などの疑うべきKPIが世の中には多く存在する。

人間には向き不向きがあるのは明白であるのだから、向いていない分野を無視する必要がある。また世間一般のKPIを無視する必要もあるだろう。

完全に余談だが、私は承認欲求と同時に「反承認欲求」と呼んでいるものが存在する。他者から理解して欲しい、すごいと思って欲しい、というのが承認欲求だが、同時に「理解できない」「それ間違っているんじゃんない?」と言われたい欲求がある。私ほど反承認欲求が強い人がどれほど居るか分からないが、一定数理解できる人もいると思う。図画工作の時間などで周りとは違うものを作りたくなるアレである。

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