第11夜 同世代の成功者を見ていると

昨夜寝る前に考えていたこと

刺激を受け、焦燥感に駆られる

この感覚を初めて得たのは、16歳の時だと思う。

同い年の高校生が甲子園の舞台で活躍している姿を見て、自分を照らし合わせた。彼らは私より市場価値が高かった。また自分では努力しているつもりであっても、彼らと比べると不足していることは自明であった。同じ時間だけ生きてきた人間に「劣る」というのは大きな刺激であり、自分を更なる努力へと誘った。

この感覚は今でも変わらない。自分が狭いコミュニティで上手くいっている時ほど、同世代の成功者を見るようにしている。「何者にもなれない自分を愛する」という論が歳を重ねるごとに増えていくだろうが、結論これは努力不足で何者にもなれなかった自分への悲しい言い訳だ。私生活の幸福を追求しながらも常に努力するという上昇志向がなければ、私という人間は終わりである。

無論、人間には後天的な努力では単純比較できないほど影響力のある先天的な才能が存在する。努力すれば誰もがイチローになれる訳ではない。ただし配られたカードの中に平均より優れたカードはきっとあるはずである。仮に無くても、あると信じて生きていく他ない。そう考えた方が楽しいからである。

私は私なりに努力する。きっと恥じない人生を続ける。これに尽きるのだろう。

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